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東京地方裁判所 平成9年(ワ)12268号 判決 1998年11月04日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 谷正之

同 田中清

同 角谷雄志

被告 Y1証券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 篠崎芳明

同 小川秀次

同 金森浩児

同 小川幸三

同 小見山大

同 寺嶌毅一郎

被告 Y2

右訴訟代理人弁護士 寺西昭

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三七一二万三四四〇円及びこれに対する被告Y1証券株式会社については平成九年六月二五日から、被告Y2については同年七月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自九四六〇万円及びこれに対する被告Y1証券株式会社については平成九年六月二五日から、被告Y2については同年七月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、証券会社の外務員によって転換社債の買付代金名下に合計八六〇〇万円を騙取されたと主張して、右外務員に対しては不法行為責任に基づき、また、右証券会社に対しては右外務員の使用者としての責任に基づき、それぞれ右騙取された金員及び弁護士費用に相当する損害賠償並びに本件訴状送達の日の翌日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

原告は、水産物販売を業とするa株式会社(以下「a社」という。)の代表取締役をしていた者である。

被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、平成三年四月から被告Y1証券株式会社(以下「被告会社」という。)築地支店の営業次長、平成六年四月から同支店の副支店長、平成七年一〇月から被告会社千歳烏山支店の副支店長、平成九年三月から被告会社新百合ヶ丘支店の支店長として、また、同月二八日からは被告会社人事部付として、被告会社に勤務している者である。

2  金員の交付

被告Y2は、平成四年四月ころから営業のためにa社を時々訪問していたが、同年一〇月末ころ、原告に対して、「一〇〇〇万円をY1証券に預けてもらえれば、本社の債券部で、転換社債で年一二パーセントから一三・五パーセントの利回りで運用できるから預けてみませんか。なかなか枠が空かないが、今なら一〇〇〇万円の枠が空いているのでチャンスですよ。」などと述べて、右転換社債の運用取引(以下「本件取引」という。)のため、原告に一〇〇〇万円を預託するよう勧誘した。

原告は、被告Y2の右勧誘を受けて、本件取引を行うことを了承し、平成四年一一月二日、被告Y2に対して一〇〇〇万円を交付した。

被告Y2は、その後も、原告に対し、「新たに枠が空いた。」、「支店にも枠ができた。もっと運用してみませんか。」などと述べて、別表一<省略>のとおり、合計八六〇〇万円に及ぶ金員を交付させた。

一方、被告Y2は、平成四年一二月以降、原告が預託した金員に対して、平成六年四月一五日までは年一三・五パーセント、同月一六日からは年一五パーセントの割合により計算した金員を、利益金と称して別表三<省略>のとおり、原告に対して支払った。

なお、原告は、平成五年ころから、被告Y2との間で、原告が取引の担保となる資金を提供し、その許容された枠内で被告Y2が銘柄及び売買時期を選択するという方法により、利益が生じたときは原告が六で、被告Y2が四の割合で分け、損失が生じたときは二分の一ずつ負担するという内容の株式取引をしたが、右取引については損失が出たことから平成七年七月ころまでに中止した。

二  争点及びそれに関する当事者の主張

1  原告の悪意・重過失の有無について

(被告会社の主張)

本件取引は、原告に対して年率一二パーセントから一五パーセントの利益を約束するというものであって、原告も本件取引の途中で当初の利率を一律一五パーセントとするよう要求していること、被告Y2が原告に対して他人名義の株券の預り証等を交付していること、原告が被告Y2に対して同人名義の金銭借用証書を作成させていること、原告は、被告Y2が提案した通常の取引によって生じた損失についても、その半分である二九〇〇万円の負担を被告Y2に約束させ、右と同様に金銭借用証書を作成させていること、原告が、本件取引以前にも被告Y2の前任者であるB(以下「B」という。)と損益折半の個人的取引を行っていたこと、被告Y2とも同様の個人的取引を行っていたことなどからすれば、原告は、本件取引について、被告Y2が被告会社の業務とは無関係に行っていることを知っていたか、少なくとも重過失によってこれを知らなかったというべきであるから、被告会社は、原告に対して、被告Y2の行った本件取引について使用者としての責任を負うことはない。

(原告の主張)

原告は、本件取引が被告会社との取引であると考えていたからこそ、八六〇〇万円もの多額の資金を拠出したものであって、被告Y2が被告会社の業務とは無関係に本件取引を行っていることを原告が知っていたならば、右資金の拠出はあり得ないのであり、原告は右事情を全く知らなかったものである。

また、原告は、中堅証券会社である被告会社築地支店の営業次長ないし副支店長の肩書を有していた被告Y2の言辞を信用し、被告会社での転換社債の運用のための資金として前記の金員を拠出したのであるから、被告Y2が被告会社の業務とは無関係に本件取引を行っていることを原告が知らなかったことについて、重過失があったということはできない。

したがって、被告会社は、被告Y2の行った本件取引について、使用者としての責任を免れることはできない。

2  損益相殺等の可否について

(被告会社の主張)

原告は、別表二<省略>のとおり、本件取引による利益金として合計四一〇五万五八三〇円を被告Y2から受領しており、右金員に相当する部分については損害がないというべきである。

(原告の主張)

原告が、被告Y2から本件取引による利益金として受領したのは、別表三<省略>のとおり、合計三七六八万〇八〇〇円である。

本件においては、原告が被告Y2から金員を騙取されたのとは別の機会に右利益金の交付が行われていることからすれば、本件において、原告には、原告が被告Y2に交付した金員全額に相当する損害が発生しているというべきである。

そして、右利益金は、被告Y2が、その後も原告から金員を騙取するための手段として不法な原因のために給付したものであるから、民法七〇八条により、被告Y2は、すでに給付した右利益金相当額の返還を原告に対して請求することができない。

また、原告の被告らに対する本件請求は、不法行為に基づくものであるから、仮に被告Y2が原告に対して右利益金相当額の返還を請求できるとしても、民法五〇九条により、被告会社は、右利益金相当額の債権をもって、被告らが負担する損害賠償債務と相殺することはできない。

以上の点にかんがみれば、被告会社の損益相殺の主張は認められない。

3  過失相殺の可否について

(被告会社の主張)

前記1のとおり、原告には、被告Y2が被告会社の業務とは無関係に本件取引を行っていることを知らなかったことについて、過失があったというべきである。

そして、過失相殺については、被告会社と被告Y2とを区別して考えるべきであり、被告会社との関係では、本件取引が原告と被告Y2との間でのみ行われ、被告会社が右取引が行われていることについて認識するのは困難であること、原告は長い期間にわたって株式取引を行っていること、さらに、原告とBとの損益折半の個人的取引について被告会社と紛争が生じたことがあることなどにかんがみれば、前記原告の過失は重過失に近いものであることが明らかであるから、被告会社の過失は、多くとも一割を超えるものではない。

(原告の主張)

被告会社は証券会社であり、被告Y2が被告会社の外務員で証券取引の専門家であるのに対して、原告は証券取引については素人にすぎず、証券取引の知識や情報量において原告と被告らとの間には圧倒的な差があること、被告会社は、被告Y2を築地支店の営業次長、副支店長として選任・雇用しており、被告Y2の監督を怠った被告会社の過失は極めて重いことなどを考慮すれば、本件において、原告の過失を斟酌して過失相殺をすることは許されない。

第三判断

一  前記争いのない事実等及び証拠<省略>並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  当事者

原告は、水産加工品販売会社を経営していた者であるが、昭和五六年ころから証券取引を行うようになり、被告会社のほか、b証券やc証券とも取引を行っていたところ、昭和六〇年ころからは、被告会社のみと取引を行うようになった(原告本人)。

被告Y2は、昭和五二年三月に大学を卒業して、同年四月に被告会社に入社し、平成三年四月から被告会社築地支店の営業次長、平成六年四月から同支店の副支店長、平成七年一〇月から被告会社千歳烏山支店の副支店長の職にあった者である(甲四、丙一)。なお、被告Y2は、平成九年三月からは被告会社新百合ヶ丘支店の支店長となったが、本件が発覚した後の同月二八日からは被告会社人事部付となった。

2  本件取引の経緯

(一) 原告は、昭和五七、八年ころ、被告会社築地支店と証券取引を開始したが、被告Y2の前任者で、同支店の営業課長であったBとの間で損益折半の個人的取引を行い、多額の損失を出したことから、原告とB及び被告会社との間でその責任の分担方法について紛争が生じ、話し合いが行われた結果、平成三年九月一三日、被告会社が右損失の半分を負担することで合意が成立した(乙一ないし五)。

(二) 原告は、被告Y2が被告会社築地支店の営業次長に着任した直後である平成三年五月ころ、同被告と知り合った(甲五、原告本人)。その後、被告Y2は、a社を時折訪問しては原告に対して証券取引を勧誘し、原告もこれに応じて、被告Y2の推奨する銘柄の株式取引を一か月に一〇ないし一五回程度行い、被告会社築地支店の顧客の中でも取引額の多い大口顧客の一人であった(原告本人、被告Y2)。

しかし、被告Y2の推奨した右銘柄の取引は、その後、ほとんどが損失を出して失敗に終わり、原告に新たな投資を勧誘することが困難な状況にあった(丙一、被告Y2)。

(三) 被告Y2には、当時個人的な借金があり、それを返済するため、自分で株式取引をする必要があり、そのための資金を得る必要があった(被告Y2)。そこで、被告Y2は、平成四年一〇月末ころ、原告に対して、「一〇〇〇万円をY1証券に預けてもらえれば、本社の債券部で、転換社債で年一二パーセントから一三・五パーセントくらいの利回りで運用できるから預けてみませんか。なかなか枠が空かないが、今なら一〇〇〇万円の枠が空いているのでチャンスですよ。」などと虚偽の事実を申し向けて、一〇〇〇万円を預託するよう勧誘し、被告Y2の右説明が真実であると誤信した原告は、一〇〇〇万円を被告会社に預託することを了承し、同年一一月二日、被告Y2に対して一〇〇〇万円を交付した。

その際、原告は、被告Y2に対し、現金一〇〇〇万円又は転換社債の預り証の交付を求めたが、被告Y2は、「一つの口座であらゆる人から資金を集めて転換社債を購入するため、預り証は一つの口座に一枚しか発行できないので、私個人が保管するということで預り証は渡すことができない。」、「転換社債は名義がくるくる変わるので、Cさんあての預り証は出せない。」などと述べて、代わりに一〇〇〇万円相当の他人名義の株券の預り証を原告に交付した。なお、本件取引について被告会社作成の取引報告書等は、一切原告に交付されていない(原告本人、被告Y2)。

(四) 被告Y2は、その後も同様に、原告に対し、「新たに枠が空いた。」、「支店にも枠ができた。もっと運用してみませんか。」などと虚偽の事実を申し向けて、別表一<省略>のとおり、合計八六〇〇万円を交付させてこれを騙取した。

そして、被告Y2は、原告から騙取した右金員を、個人的な自己思惑取引の資金として流用した(丙一、被告Y2)。

(五) しかし、その後株価が下落して、原告が預かっていた前記株券の預り証の評価額が預託金の合計額に満たなくなったため、原告は、被告Y2に対し、現金又は転換社債の預り証を交付するよう改めて要求した(原告本人)。これに対し、被告Y2は、被告会社作成にかかる他人名義の「現金保証金・口座残高通知書」及び「受取証」(甲七の1ないし10)と、その他人名義の印鑑(甲八)を、原告の所持していた株券の預り証と差し替える形で原告に交付した。その際、被告Y2は、「これ(現金保証金・口座残高通知書)は現金の預り証に代わるものであり、これとその名義の印鑑があればいつでも現金の払戻ができる。」と説明し、現金ないし転換社債の預り証は交付しなかった。また、右「現金保証金・口座残高通知書」及び「受取証」に記載してある金額及び日付は、原告が交付した金額及び日付と異なるものであった。

なお、原告は、そのころには被告Y2が他人名義で証券取引を行っているということを認識していた(原告本人)。

(六) 他方、被告Y2は、原告に対して、平成四年一二月以降、別表三<省略>のとおり、毎月、原告が預託した金員について、平成六年四月一五日までは年一三・五パーセント、同月一六日からは年一五パーセントの割合により計算した利益金を、同年三月以前は後払いで、それ以後は前払いで支払った(原告本人)。なお、右利益金の支払に際して、被告Y2から原告に対して領収書や受領書への署名ないし押印が要求されたことはなく(原告本人)、右利益金の支払は、被告Y2が直接原告に交付したり、被告Y2の個人名義で原告の預金口座に振り込まれるなどの方法で行われた(被告Y2)。また、原告は、被告Y2に顧客としてDを紹介し、平成七年一月三一日から平成八年二月二九日まで、同人の紹介料として、毎月二万三三三〇円が被告Y2から原告に支払われた(原告本人、被告Y2)。

(七) 原告は、平成五年四月ころから、被告Y2との間で、原告が取引の担保となる資金を提供し、その許容された枠内で被告Y2が銘柄及び売買時期を選択するという方法により、利益が生じたときは原告が六で被告Y2が四の割合で分け、損失が生じたときは二分の一ずつ負担するという内容の株式の信用取引や、損益ともに折半するという内容のオプション取引をそれぞれ数回行った(丙一、原告本人、被告Y2)。

(八) 原告は、平成七年三月三日、被告Y2に対し、原告が準備した「金銭借用証書」の定型用紙に預り金の合計額及びその明細等を記載させて、被告Y2名義の書面(甲一)を作成させ、その後も、同年六月二日及び平成八年三月二二日の二回にわたって、被告Y2に右書面と同形式の書面(甲二、三)を作成させた。

(九) また、被告Y2は、平成八年六月二四日、自分が勧めた取引による原告の損金の累計が五八〇〇万円となったことから、その半分の二九〇〇万円を負担することを了承し、甲一ないし三と同じ「金銭借用証書」の用紙を使用した書面が作成された。右書面中には、被告Y2の個人的な資産、すなわち被告Y2の妻の実家の相続財産を右債務の返済の原資とする旨の記載があった(原告本人、被告Y2)。

二  以上の認定事実を前提に、各争点について判断する。

1  争点1(原告の悪意・重過失)について

(一) 原告の悪意について

前記一2(三)及び(四)で認定した被告Y2の行為が、原告に対する不法行為に該当することは明らかであるところ、前記のとおり、本件取引は当初から年率一二パーセントないし一三・五パーセントという非常に高い金利が確定的に保障された取引であり、さらに、被告Y2は、その後原告の要望に応じて、一律に一五パーセントの利益金の交付を約束していること、被告会社から原告に対して通常送付されるべき被告会社作成の取引報告書や転換社債の預り証等の書類が本件取引に関しては一切送付されていないこと、被告Y2が原告に交付した利益金について、被告会社から原告に対して領収書や受領書への署名ないし押印が全く要求されていないこと、右利益金が被告Y2の個人名義で原告の預金口座に振り込まれていること、被告Y2が原告に交付した「現金保証金・口座残高通知書」等(甲七の1ないし10)は他人名義のものである上、その金額及び日付も原告が預託した金額及び日付と一致していないこと、被告Y2は、原告に対し、右「現金保証金・口座残高通知書」等とともに、その他人名義の印鑑を交付していることなど、本件取引には、通常の取引としては不自然な点が少なくない。

また、原告は、当時会社を経営しており、さらに、被告会社のみならず他の証券会社との取引を含め、十数年という長期間にわたって証券取引を行った経験があり、被告会社ともBや被告Y2を通じて一か月に一〇ないし一五回という頻度で取引を行っていたことから、証券取引に関する知識、経験を十分有していたものと推認できる。

しかしながら、被告Y2の供述によっても、本件取引は、被告Y2が、原告に対し、被告会社に金員を預ければ本社の債券部で転換社債を有利な利回りで運用できる、今なら枠が空いているのでチャンスであるなどと虚偽の事実を告げて、言葉巧みに本件取引を行うことを勧誘し、原告は、これを信用して前記のとおり預託金を被告Y2に交付したことが認められるのであり、原告が、被告会社築地支店の大口顧客であることから、被告会社の本社の債券部でしか取り扱われていない特別に有利な取引に参入することができるものと信じたとしても不合理であるとはいい難い。一方、原告が合計八六〇〇万円という多額の預託金を、一三回にわたって被告Y2個人との取引のために交付するとは通常考えられない。

以上の点に照らせば、原告が、本件取引が被告会社を通じての取引ではなく、被告Y2との個人的な取引であることを知っていたと認めることはできない。

(二) 原告の重過失について

前記のとおり、本件取引には被告会社の業務として不自然な点があること、原告が、本件取引以前に被告Y2の前任者であるBと損益折半の個人的取引を行って多額の損失を出し、被告会社との間で右損失の負担をめぐって紛争が生じたこと、原告は、被告Y2が他人名義で証券取引を行っているということを認識していたこと、原告に対して前記預託金の元金が三年以上もの長期にわたって一度も返還されたことがなく、原告も、その返還を被告会社や被告Y2に請求したことがないこと(原告本人)、原告が被告Y2から交付された書面(甲一ないし三)の形態が、被告会社の通常の取引において交付される受領証等と全く異なり、単に「金銭借用証書」の定型用紙に、原告が被告Y2に交付した合計金額及びこれに対する利益金を毎月末日限り支払うこと並びに右交付した金額の内訳をメモ的に記載したものにすぎず、しかも右書面は原告の要求に応じて被告Y2の個人名義で作成されたものであること、被告会社から原告に対して定期的に送付されている預かり残高明細書には本件取引に関する記載が全くないこと、原告は、そのことについて、被告会社に対して、確認を取ったり、異議を申し立てたりしたことがないことなどに照らせば、前記のとおり証券取引に関する知識や経験を十分有していた原告には、本件取引が被告会社の行っている取引であると信じて被告Y2に多額の金員を交付したことについて落ち度があったというべきであり、原告に過失があったことは否定できない。

しかしながら、前記Bとの損益折半の取引をめぐっての紛争は、本件取引が開始される以前に解決されており、Bは本件取引には関与していないこと、被告Y2が本件取引開始当時は被告会社築地支店の営業次長の肩書を有しており、本件取引継続中には同支店の副支店長となっていること、本件取引についての被告Y2の勧誘方法は、被告会社の本社の債券部で転換社債を運用するというもので、前記のとおり利益が保障されている取引であると強調した上で、その利益金を原告に実際に交付し、また、現金又は転換社債の預り証を要求した原告に対して、出資者が多数いるため預り証は出せないなどと述べて、代わりに他人名義の株券の預り証を交付し、さらに、株価が下落した際には、これさえあれば直ちに現金を引き出せると称して、右株券の預り証に代えて、他人名義の「現金保証金・口座残高通知書」等及び他人名義の印鑑を交付して原告を安心させるなど、極めて巧妙な手段を用いていることに照らせば、前記のとおり、原告が、被告Y2の勧誘によって、大口顧客にしか紹介されない特別な取引に参入することができるものと信じて、被告Y2に預託金を交付したことも一概に非難できないこと、原告のほかにも一〇人以上の被害者が生じていること(被告Y2)からしても、被告Y2の手口が巧妙であったことをうかがわせることなどにかんがみれば、原告が、本件取引が被告Y2との個人的なものであることを知らなかったことにつき、重大な過失があったとまではいうことができない。

(三) なお、被告会社は、原告が、本件取引以前に被告Y2の前任者であるBと損益折半の個人的取引を行っていたこと、被告Y2とも同様の個人的取引を行っていたこと、原告は、被告Y2の提案した通常の取引によって生じた損失につき、その半分を負担することを被告Y2に約束させ、甲一ないし三と同形式の書面を作成させていることからすれば、原告は、本件取引についても被告Y2の個人的な行為であることを知っていたか、少なくとも知らないことについて重過失があったと主張するが、右損益折半の取引は、原告のみに損益の結果が帰属する本件取引とは明らかに態様が異なるものであり、右Bとの損益折半による取引については、あくまで被告Y2の前任者であるにすぎず、右Bは本件取引に関係していないこと、被告Y2との損益折半による取引については、本件取引が開始した後である平成五年四月ころから行われたものであり、また、通常の取引によって生じた損失について被告Y2がその半分を負担する旨の右書面が作成されたのは、本件取引の終了した後である平成八年六月であることからすれば、右事実をもって、原告が、本件取引が被告Y2との個人的なものであることを知っていた、あるいは、これを知らなかったことについて重過失があったということはできず、被告会社の右主張は採用することができない。

2  争点2(損益相殺等)について

被告Y2が原告に本件取引の利益金として交付した前記金員は、被告Y2の前記不法行為によって生じたもので、また、利益金の支払によって原告を信用させて新たな出資をさせるという右不法行為の手段として用いられた面があることも否定できないから、民法七〇八条の不法原因給付に該当するものであり、被告Y2が原告に対してその返還を請求し得ないこと、また、被告Y2若しくは被告会社が、右返還請求権が存在することを理由に、右請求権を自働債権として、本件の原告の請求権と相殺をもって対抗し得ないことはいうまでもない。

しかしながら、右の利益金は、前記のとおり、被告Y2の不法行為によって生じたものであって、原告は右不法行為によって損害を受けたのと同一の事実関係に基づき右利益金を受領しており、実質的に見て原告の損害は右利益金の範囲でてん補されたものと評価し得る。また、右利益金が通常の取引における利率よりもかなりの高率で計算されており、かような利益金相当額を原告に帰属させるのは衡平の観点からみても不適切である。したがって、原告の被った損害の算定に当たっては、信義則上右利益金相当額を損益相殺として控除するのが相当であるというべきである。

なお、被告らは、本件取引によって、原告が被告Y2から、別表二のとおり合計四一〇五万五八三〇円の利益金を受領したと主張するが、右金員には、原告がDを被告Y2に紹介したことによる紹介料名目の金員を含んでいること、原告に交付した利益金について、当初から年一五パーセントであったとして計算していることなどの点において、不正確な部分があり、他に原告が受領した利益金の合計が被告ら主張の額であることを認めるに足りる証拠はない。他方、原告は、被告Y2から別表三のとおり、合計三七六八万〇八〇〇円の利益金を受領したことを認めている。したがって、本件取引による利益金として原告の被った損害額から控除すべき金額は、三七六八万〇八〇〇円と認定すべきである。

3  争点3(過失相殺)について

原告には、前記1(二)で述べたとおりの過失があり、原告に右過失がなかったならば、原告が本件で賠償を請求している損害を被ることもなかったものと認められるから、原告に対する損害賠償額の算定に当たっては右原告の過失を斟酌するのが公平であり、また、右過失の程度等に照らせば、その過失割合は三割と解するのが相当である。

三  結論

以上によれば、被告らに対する原告の請求は、本件取引において原告が被告Y2に交付した合計八六〇〇万円から、被告Y2が原告に交付した合計三七六八万〇八〇〇円を控除した残額である四八三一万九二〇〇円に三割の過失相殺をした三三八二万三四四〇円と、本件訴訟の難易、審理の経過及び認容額その他本件に現われた一切の事情を勘案して弁護士費用相当額の損害として認めるのが相当な三三〇万円の合計である三七一二万三四四〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな、被告会社については平成九年六月二五日から、被告Y2については同年七月三日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木村元昭 裁判官 青沼潔 大森直哉)

<以下省略>

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